『U理論(Theory U)』(オットーシャーマー著)の翻訳者:中土井僚氏に大久保がインタビューしました。
原著が2007年に出版された『U理論』。日本でも早くから概要が紹介され、私自身(大久保)もサイトなどで見聞きして注目していましたが、2010年11月に翻訳出版されました。
今年(2011年)夏に購入して一読、いろいろと気付きを深められる貴重な読書体験ができました。これからの日本社会にとっても重要なヒントとなる考察が散見でき、こうした考え方や行動様式がどのように浸透していくのか興味深いものがあります。
翻訳者の中土井氏は、翻訳とともに、同理論の実践を可能にするための指導活動を日本で展開されているので、U理論との出会いや日本での活動状況などの話を伺いました。
中土井氏インタビュー(聞き手:大久保)
U理論と出会うまで
大久保
今日は、中土井さんが翻訳出版された『U理論』(オットーシャーマー著)について、中土井さんがどのような可能性を感じているのか、また、その理論を日本でどのように実践されようとしているのか、お聞きしたい。まず、U理論に出会うまでの経緯をお話いただけますか。
中土井
わかりました。私は、広島県呉市の出身で、大学時代は京都にいました。卒業して最初に入った会社が、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)でした。そこで、地方を転々としながら、プロジェクトマネジメントや顧客戦略など、ITを活用した業務プロセス改善のコンサルティングの仕事に携わっていました。おかげで、左脳的・論理的思考能力が随分と鍛えられたのですが、しかし、そういう仕事が自分に向いていないと感じるようになったんですね。5年ぐらい勤めましたが、最後は燃え尽きてしまって会社を辞めたのです。
大久保
辞めたのはいつ頃ですか?
中土井
10年ぐらい前になりますね。
今後どうしていけばいいのかまったくわからなくなり、精神的に行き詰ってしまったのです。
当時は、うつなどのメンタルヘルスで会社を休むという社会状況ではなかったので、心療内科というのは、ある意味渡ってはいけない三途の川みたいな、、、向こうに行ったら戻ってこれない、、、というような感じでしたので、心療内科だけはかかってはいけないと思ってました。とはいえ、活力がまったく自分の中になかった。
心療内科に行く勇気はなかったものの、会社には匿名で受けられるカウンセリングサービスがあって、それを受診することにしました。そうすると、いろんな話を聞いてもらえて、社会人になってから始めて自分の話を聞いてもらったという感じがありました。もともと人に関する仕事をやりたいなと思っていたので、こういう仕事をしたいなと思ったんですね。カウンセラーになるのに資格とか必要ですかと聞いたら、臨床心理士の資格が必要だと言われました。しかし、当時は大学院に入る気力すらなかったんです。
そうこうする内に、ちょうど日本に紹介されたばかりのコーチングに出会いまして、CTIジャパンというコーチ養成機関が提供しているコーチングプログラムを受講しました。これが、私にとっての人生のターニングポイントになるきっかけとなりました。それまで、コーチングとは、コンサルタントのインタビュースキルにカウンセリングスキルがまざったぐらいのものだろうと思っていたんですね。しかし、実際には、単なるスキルを超えたものがそこにはありました。コーチの『聴く』という姿勢やあり方が、話し手の中に気づき以上の何かを生み出して、時には劇的な変化をもたらすという事態に何度も遭遇しました。そして、私自身の中にも、変化が生まれて行くのを感じました。
カウンセリングが、なにかしらトラウマ解除をするというのは、イメージとしてはありましたが、その人がほんとに深いところでシフトをした時に、場にいる全員が涙したり、場全体がシフトするといったことが起きることに驚きを隠せませんでした。そして、そういうプロセスを経た人の行動が変わり始めるというのを観た時に、単なるトラウマ解除以上のものがあるのではないかという思いに至りました。
この「ここには何かがある!」という強烈な好奇心に導かれるように、その後さまざまな自己啓発的なものを、大小200から300ぐらい受けました。その結果、リーダーとして活躍されている方にコーチングをしてさしあげたいという思いに至って、会社を辞め、経営者にコーチングをするエグゼクティブコーチングという事業をするために独立しました。コーチングを通して経営者の方の中で、ご自分の理念やビジョンが明確になるにつれ、それを自社組織にどのように展開すればよいのかというご相談をいただくようになりました。
当時は、まだ組織開発の経験はありませんでした。しかし、妻がちょうど社内の組織変革に携わりながら、海外の大学院に通っていたので、彼女に相談してみたところ、見せてくれたのが何の説明も無いU理論のモデル図でした。そのモデル図を見たときに、「ここに何かがある!」と感じていたことの全てが表現されていました。モデル図を見た時の「まさに、これだ!」という衝撃は今でも覚えています。
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出所:Theory Uをオーセンティックワークス(株)が一部改定 Copyright(c)2011Authentic works inc.All rights reserved. |
大久保
それをご覧になったのはいつごろのことですか?
中土井
2005年です。
大久保
それは、原著を奥さんが読んでいらしたのですか?
中土井
当時はまだ、U理論の原書は出版されていませんでした。類書の「出現する未来」も
翻訳出版はまだでしたが、彼女は「出現する未来」の原書である”Presence”を読んでいました。
妻は訳者の一人でもあるのですが、当時、彼女はリクルートで社内の組織変革に携わっていて、並行してケースウエスタンリザーブ大学の大学院で組織変革を学んでいました。その時に『U理論』を知ったのです。
簡単ですが、以上がU理論と出会った経緯です。
U理論の実践的活動
大久保
U理論についての学習はどのようにされたのですか? 研修のようなものを受けるのですか?
中土井
先ほど述べた通り、私自身が様々なセミナーに参加したり、組織変革に関する海外のカンファレンスに参加したり、コーチ、ファシリテーターとして変容のご支援をさせていただいたりしていたので、自分自身の経験から感じ取っていたものがありました。
それと照らし合わせながら、『U理論』をはじめとするオットーシャーマー博士の本を読んだり、彼の動画を参考にしたりして、博士が言わんとしていることを咀嚼してきました。博士自身が提供するU理論のワークショップにも参加いたしました。
大久保
それは米国で?
中土井
そうです。それに加えて、今年に関しては、グローバルプレゼンシングフォーラムというカンファレンスが10月末にボストンで初めて開催されますので、私も参加させていただく予定です。
大久保
そのU理論をバックボーンにしながら、企業向けにどのような活動をされているのですか?
中土井
今、よく見る光景は、どこの企業でも先行きが不透明になって、有効な手を打つことができない状況です。そういう中で起きてくる現象に2種類あるように感じています。ひとつは、メシア待望論ですね。「一流のリーダーであれば、この状況を何とかしてくれるはずなのに、うちの会社には社長も含めてそういう人がいない。上が変わらなければ、何も始まらないのに」と不満を抱えながら、「いつか、きっと」という淡い期待を抱き続けているという状況です。もうひとつは、危機的な状況になると、みんなが本気になるだろうという幻想です。危機的な状況になれば、火事場の馬鹿力のような、みんなが一致団結して乗り越えられるだろうという根拠はないはずなのに、まるで確たる証拠があるかのように盲目的に信じられているケースも多くあります。
「もし、危機的な状況になりさえすれば、みんなが一致団結して組織力が高まって乗り越えられるのだとしたら、倒産する企業はひとつもないと思いますよ」と私はよくお伝えしています。
実際は、危機的な状況になると、求心力が働くよりも、遠心分離の方が強く働いて、よりバラバラな方向に向かうケースが多いように感じています。どういうふうにバラバラになるかというと、ほとんど話し合いが成立せず、堂々巡りが次第に、足の引っ張り合いや対立にまで発展してしまうという状況に陥っていきます。私はそれを≪リレーションシップクライシス≫と呼んでいます。
(
http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/1010/18/news029.html)
私はそういった企業が、リレーションシップクライシスに向き合い、一丸となって次のステージへと向かえるように支援させていただいてます。
大久保
それは、比較的企業規模の大きいところが対象ですか?
中土井
野村総合研究所と共同でエグゼクティブコーチングと組織開発の事業を立ち上げておりますが、そちらの方は大手企業がお客様となっているケースがほとんどです。弊社が単体で進めて行く場合には、50〜300人規模の会社が多いです。
U理論の受けとめられ方
大久保
顧客企業からは、どのように受けとめられていますか?
中土井
私がやっているファシリテーションは、説明や理論だけでは理解できない、やってみてもらわないとわからないケースが多く見られます。それと共に、ご体験いただくと、ほとんどの場合、「こういうことは必要だよね」というお言葉を頂戴します。
例えば、役員合宿という施策は、どの会社でも多く実施されていますが、「この議論は5年前からやっている。やるだけ無駄だ」という諦めを抱いている会社も少なからずあります。「どうやったって、わかりあえない」という諦めがあったにもかかわらず、ファシリテーションの場を経験し、前に進み始める実感を得られることで、これは必要だという認識にいたるようです。
大久保
それは、U理論の枠組みで自分や会社の位置づけを認識するというようなことですか?
中土井
私がファシリテーションをする際に、U理論を紹介しないことがほとんどですので、U理論の枠組みで考えるということはあまりありません。なぜ、紹介しないかというと、日本が現場主義で、学術的なものへの抵抗感が強いからです。
少しでも複雑な理論を話そうものなら「机上の空論でしょう」とみなされます。ですから、最初からU理論のまとまった紹介することはまずありません。何度かのファシリテーションを経て、現場に即した形ですこしづつ紹介していくという感じですね。
大久保
U理論に興味を持つ人と持たない人というのはどういう違いがありますか?
中土井
精神世界的なものが好きだったり、知的好奇心が旺盛な方たちには、興味を持っていただけることが多いですね。
興味を持っていただけない方で多いのは、「ロジカルに物事を考え、行動することこそが結果につながる」と考える人、「ビジネスでは結果をだすことが正しいのだ」というパラダイムにどっぶりつかっている方々ですね。「ビジネスは、なんのかんの言って、競争に勝ってこそ」と考える方からみてみると、それ以外の話は、弱者の寝言にしか聞こえないというところがあるのではないでしょうか?
このまま競争原理に基づいて、資本主義的なものが続いていくのは、限界があるのではないか?という漠然とした不安を感じている人にはまだ響き易いように思います。
エンジニアリングのビジネス理論はコマンド&コントロールの世界観に基づいているように思います。欲しい結果を得るために、計画と統制をしていくというパラダイムです。経営戦略という言葉にあるとおり、戦争のメタファーですね。
U理論の観点は、それとはまったく異なるので、余計に受け入れがたいのかもしれません。
U理論の可能性
大久保
そうした経験なども含めて、今振り返ってみて、中土井さんがU理論で一番可能性を感じている点はなんですか?
中土井
それは、いろいろあります。個人が意識を変容していくということに関しては、宗教の祭式儀礼も含めて、古くから存在していると思っています。U理論の話をすると、それは仏教の悟りの境地の話ではないかとか、東洋思想にもともとあるのではないかとか、要は新しくは無いよねと言われることがしばしばあります。U理論はもちろん、個人の変容についても言及していますが、そこだけがポイントというわけではないんですね。
オットーシャーマー博士は、社会変革家でもあるので、社会的に複雑な問題を解決したいという思いをお持ちです。現代の社会的課題は、カリスマ型の超人的なリーダーがひとりで解決できるほど問題は簡単でなくなっているといえます。全員が問題の片棒をかついでいるので、いかにその全員が問題の片棒をかついでいるという事実から行動を起こせるかというところが大事なポイントになってきています。そこで、U理論的に言えば、集合的にUの谷をくぐって、変容をおこしていくという点、個人ではなくて集団で変容を起こしていくというところに新しい可能性を感じています。
博士は、様々な洞察の結果、ソーシャルフィールドという概念を提唱されているのですが、U理論のレベル1からレベル4までの枠組みの中で、わたしたちの意識レベルはどの瞬間もレベル1〜レベル4のいずれかに位置していると言っています。レベル0もなければ、レベル5もない。必ず1から4のどこかにいて、なにをどうやるかではなくて、どのレベルのソーシャルフィールドから行動を起こしているかが、結果への決定的な影響を与えていると考えていらっしゃいます。私は個人的には、その点がとても面白いと思っています。レベル1〜4のいずれかに必ず位置するのであれば、それを意識的に転換することができれば、イノベーションを生み出すことができるのではないか、また、レベル1〜4の枠組みが共通言語になれば、コミュニティの中でお互いに意識変容をサポートしていける、そういった点に最も可能性を感じています。
マルチステ−ク・ホルダー・ダイアログ
大久保
そのような社会変革については、行政や企業、NPO、大学、自営業など、さまざまな分野の人たちが垣根を越えて集結するということになりますが、日本でそのような機運はあるのですか?
中土井
私の知る限りではケースはかなり少ないように思います。実は、私自身が今週末にそれをやろうとしています。
≪クロスボーダー・リーダーシップ・サミット≫という名称を掲げているのですが、震災をテーマに、被災地の方、NPO、NGO、プライベートカンパニー、行政、医療関係者などなど、スタッフも入れると80人ぐらいが、3日間集まります。
大久保
いつですか?
中土井
今週末です。9月17〜19日の3連休です。
大久保
どういう内容ですか?
大久保
参加者が、震災後の日本において、各々の分野で自分達が何を見出していくのか、ということに関して、対話を重ねていくというものです。前提としては、何が原因で何が解決策かということがわかっていれば苦労しないよね、という考え方に立っています。まずは、それこそU理論で言うところのUの谷をともにくぐっていくということを重視していて、そこから現れ出るものをまず意識化して、次のアクションに結びつけていく。この大嵐のなかでどちらに舵をとればいいのかということを模索していくという感じです。
こういう試みは、≪マルチステーク・ホルダー・ダイアログ≫と呼ばれていますが、日本ではかなり稀なケースになるのではないかと思います。
大久保
そういう試みは、どういうところにつながっていくのですか?
中土井
集まった方々が対話を重ねていく中で、3日目最終日には、自分はこれをやるというプロジェクトを創っていただきます。そして、そのプロジェクトに人々が共感し、具体的な活動へと展開していくのを後押ししていく、それが実現されるように後方支援をしていく、それを第一歩と考えています。
どのプロジェクトが生き残って、どれが頓挫するかはまったくわからないので、もしかしたら全部頓挫するかもしれない、もしそうなら全部頓挫したところから新たな問いかけをはじめる、これはいったい何を意味しているのかと。全部のプロジェクトが頓挫するというのはなにかを現しているに違いない、そこから自分達はなにを気付くのか、そこから次なる対話を起こしていく。そのようにして、できるかぎり≪マルチステーク・ホルダー・ダイアログ≫を深く掘り下げ、また周辺に拡大していきたい、今回の試みをそのための足場にしたいと考えています。
大久保
拡大していくというのは、どういうイメージですか?
中土井
ひとつは、ポジションパワーと志を有する人達と、社会的に隅に追いやられているマイノリティーの人達が共有できる場の拡大ですね。マイノリティだけで話をしても、構造を変えることができない、ポジションパワーがないから。逆に、ポジションパワーがある人たちだけが集まっても、辺境にあるものを見ない形で進んでいくので、本質的な変革にならない。この両端の人たちが集まって、次の一歩を見出す形を創りだすことがポイントだと考えています。
海外と日本の違い
大久保
今度の≪クロスボーダー・リーダーシップ・サミット≫の呼びかけに対する反響はどうですか?
中土井
当初は、被災地の方は大変な状況にあられるし、NPOやNGOは財務体質的に厳しいところが多いので、企業の人の方が比較的集まりやすいのではと予想していました。が、予測に反して、実はお声掛けに苦労したのが企業に所属する人達でした。行政も難しかったです。趣旨に賛同して、ご参加くださったのは、NPO、NGO、自営業、個人事業主といった方々でした。しかし、彼らには情熱はあるが影響範囲が限定的なことが多いです。それに対して、ポジションパワーを持ち、影響力を行使できそうな人たちの方が、現状に対して根深い諦めを持っていて、目先のことで手一杯になってしまっていると感じました。それは、まさしく、日本社会の縮図のように見えてしまいましたね。
≪マルチステーク・ホルダー・ダイアログ≫というのは、集まった時点で半分以上成功と言われ、それぐらい人を集めるのが難しいのですが、やはり今回も難しかったです。そのコンセプトがしっくり来る人と来ない人との差が大きかったです。震災の復興と簡単に言うけど、阪神の震災とは状況がまったく異なります。影響が広範囲だし、国債の格付けも下がっているし、震災の債権を発行したとしても紙くずになってしまう可能性もあるし、増税に対応できるほど体力も無い、ちょっと考えると先がないというのは誰しもわかっていることなのに、それに直面しようとしない、個別に解決できる課題ではなく、垣根を越えて話をはじめるしかないよねということに関して、思った以上に賛同してもらえない、ということに驚きました。
大久保
こういう試みは、海外の場合は日本とどう違っているのですか?
中土井
例えば、米国では、大学のコミュニティやネットワークの役割が大きいと感じます。ハーバードやMIT等の出身とかの人たちが、そのコミュニティやネットワークでつながりながら、いろいろな分野で活躍しているということもあるし、もともと大学と企業との連携が広範でクロスボーダー的な活動が生まれやすい素地がありますから。一方、日本の場合は、≪マルチステーク・ホルダー・ダイアログ≫でなにかをするというのは、構造的に発生しづらいように感じています。日本は高度成長期の中での企業としての改善活動が支配的であり、企業の人たちが学術系の人たちをどこか馬鹿にしている感覚があって、社会的な分断が生じているように思います。
それから、私が組織に関わっている経験から言うと、日本の企業は、精神的な世界観に対しての嫌悪感が高いと感じます。宗教的な臭さに対する拒否反応が非常に強い、洗脳と感じたりする。経営者の方の個人的な考え方などは別なのでしょうが、そういうものは公的になっていなくて、そのリーダーのカリスマ性に吸収されているという気がしています。
海外の会議などでは、東洋思想的なものがかなり組み込まれてきているのですね。リーダーシップのトレーニングなどに、瞑想が入っているのはあたりまえになってきているし、チベット仏教のやり方とか、宗教的な祭式儀礼的なものも入ってきています。そういう面でも、日本はかなり遅れているという感じがします。
将来ビジョン
大久保
中土井さんの活動の将来的なビジョンは、どういうものですか?
中土井
そうですね。その質問への答え方が難しいのですが、、、、、。
ビジョンという言葉には2つの見方があると思うのです。
ひとつは、従来の経営的な観点から言うところのビジョンですね。これは、ビジネス活動が到達する目標というか、獲得したい目標に向かって直線的に思考するというものですね。この目標設定的なビジョンこそが、実は世界的な破綻を招いたように私には見えています。ですからこういうビジョンの考え方には限界があるのではないかと思っています。
もうひとつのビジョンは、ビジョンについての新しい考え方ですが、深いところから人が求める根源的な何か。到達しうる未来かどうかは別として、人に新たな行動を生み出しうるもの。すべての人が根源的に持っているという観点から、シンプルに自分が何者なのかということを思い出すということ。そうしたものが、私のビジョンの基礎といえるのかなと思っています。
そして、あらゆる人が、「自分は本当はこうしたかった」ということが表れ出てくる状態をつくりたいと願っています。「本当は自分はこうしたかった」、「自分はこれがほしかった」ということがわからないまま、やみくもに売り上げや顧客シェアや、そういった類の何かしらを奪い続けている状態から、「なにがなくとも自分はこれがほしかったんだ」というところに意識的に立脚できるという状態が生まれ出るようにしたいというのが、自分自身のビジョンかなと思っています。
U理論が語る根源的なこととは
大久保
その根源的なものというのは、U理論の中でもレベル4のコアな概念となっていますが、中土井さんは、どのように理解されていますか?
中土井
私自身の感覚で言うと、生きていることも死んでいることも幻想に過ぎなくて、もともとひとつだったんだなといったものでしょうか。私とあなたという区別も無いという、、、、。
『U理論』の著書の中で宇宙飛行士(ラスティ・シュワイカート)の話がでてくるのですが、宇宙飛行士が宇宙空間での自分の体験をどういうふうに人に語ったらいいのかというのがずっとわからなくて、それを表現する言葉がわかるまでに10年を要したと言っているのです。やっと見つかったその表現する言葉というのが、一人称の私ではなく、二人称で自分の体験を語るということなんですね。「今、あなたはこれを見る」とか「今、あなたはあれを見る」というような。彼が、二人称で語ることにした理由は、宇宙飛行士としての自分は人類の感覚器官の延長部分だと気づいたからだと言うんです。「たしかにそこにいたのは私で、見ていたのは私の目だが、見ているのは私だけではない。人類が見ているのだ」と。
最初はどういう意味かわからなかったのですが、最近それがわかるようになってきたというか、そういう実感があるのです。そして、もともと自分が持っている意識状態というのは、私の持ち物ではなくて、言葉で表せないものを表現しているのではないか、そういう感覚が生まれてきています。
大久保
中土井さんは、映画をご覧になりますか?
中土井
ええ。
大久保
生命の木(ツリーオブライフ)という映画はご覧になりましたか?
中土井
いいえ。
大久保
今上映されているのですが、中土井さんが話されたような感覚の映画のようですよ。たしか、カンヌ映画祭でパルムドール賞を貰っています。それから、少し前になりますが「マルコヴィッチの穴」という映画はご存知ですか?
中土井
名前は知っていますが、見てはいません。
大久保
これも、そういう内容の映画です。私の目が見ているが、私の目を通して見ているのは、私だけではないという、そういう思想をうまく映像化した映画です。U理論もそうですが、ビジネスや映画などの世界で、そうした傾向が出てきているのは面白いですね。昔は、修行僧やアーティストなど一部の人たちが個々に経験していた意識変容が、今は大衆社会的な広がりを見せて、集合意識的な流れになりつつあるのかもしれない。そういう意味では、U理論が今後ますます重要になっていくと同時に、多くの人に受け入れられる時代になっていくのではないでしょうか。
中土井
そうなれば、うれしいですね。
大久保
今日は、U理論と中土井さんのお話に接することで、ビジネスや社会変革など実践的な集団活動にも、深層意識を重視したパラダイムシフトが起こっていることを知ることができました。ありがとうございました。これからも頑張ってください。
中土井
ありがとうございます。
(了)
(文責 大久保)
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中土井 僚氏プロフィール
広島県呉市出身。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)にて、某道路事業団、某化学メーカー、某機械メーカーのBPRプロジェクトにコンサルタントとして参画。某電力会社にてCRMプロジェクトに携わり、プロジェクトマネジメントやコールセンターの業務プロセスと組織・人材設計に従事。情報システムに人が依存していく状況に疑問をもち、人が本来持つ力を引き出すにはどうしたらよいかという問題意識から、株式会社インタービジョンに入社し、最適組織編成理論であるFFS理論に基づいた経営・組織・人材のコンサルティングに携わると共にコーチングを初めとしたセルフモチベーションの研究を行う。ウイルソン・ラーニングワールドワイド株式会社にて、人材開発コンサルティング業務に従事した後、2005年に独立しオーセンティック・アソシエイツ代表に就任。2008年にオーセンティック・ワークス株式会社を設立し、代表取締役に就任 。8年間に渡る延べ3,000時間以上のパーソナル・ライフ・コーチとしての活動と共に、エグゼクティブコーチ・ファシリテーターとして、一部上場企業を中心に経営者30名以上のコーチング実績、組織開発コンサルティング・ファシリテーター実績を持つ。
社団法人プレゼンシングインスティテュートコミュニティージャパン 理事
http://www.presencingcomjapan.org
オーセンティックスワークス株式会社代表取締役
http://www.authentic-a.com/
株式会社野村総合研究所 パーソナルディレクター(エグゼクティブコーチ)
『U理論』紹介
U理論――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術
【未来から現実を創造せよ】
ますます複雑さを増している今日の諸問題――個人の生き方から企業経営やコミュニティの在り方、さらには超国家的・世界的課題に至るまで――に対して、我々はどう向き合い、どこに解決の糸口を探るべきなのか? 「すでに起きてしまったこと」に学ぶだけでは今日の課題には対処できない。我々は「未来から」学ばなければならないのだ、と著者シャーマーは説く。その手法を体系化した「U理論(Theory U)」は、経営学に哲学や心理学、認知科学、東洋思想まで幅広い知見を織り込んだ他に類を見ない理論であり、その深淵な示唆と斬新な構想は21世紀の世界に幅広く根本的な影響をもたらしつつある。あらゆる前提を取り払い、最も深い内面の声に耳を傾けよ――人・組織・社会の「在り方(プレゼンス)」を鋭く深く問いかける、現代マネジメント界最先鋭の「変革と学習の理論」、待望の邦訳。
【未来創造志向のリーダー像とイノベーションのプロセスを学際的に描く味わい深い一冊】
地球温暖化、生物多様性の問題、地域紛争やテロ、拡がる地域格差と貧富の差。すべてわれわれが緊急に解決しなければならない社会的課題である。U理論はこうした課題に対処できる未来創造志向の新たなリーダー像とその課題解決に向けたイノベーションのプロセスを提示する。著者の研究基盤である経営学に、哲学、心理学、認知科学、宗教などの知見がブレンドされた味わい深い一冊である。――野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)